2015年を振り返って(研究編)

 今年は、大きな研究プロジェクトが一つ終わり、新しく二つ始まった一年でした。ただ、終わった方も、研究費の期間が終わったというだけで、研究成果を発表するという意味では終わっていません。今年一年のお仕事を簡単にまとめて、私がいったい何をやっていたのか、2016年には何をすべきことになるのか見通しを少しでも得ておきたいと思います。

【1】認知症の研究

 1月、2月にはメインのお仕事である認知症研究の論文が二つ刊行されました。いずれも短い時間で書いたもので、特に後者は1ヶ月程度での執筆期間。商業誌に書き続けている人の凄さを味わいました。それまで書いたもののデータの再解釈や、まだ中途半端な形のフィールドワークのデータを少し織り交ぜて書いた論考で、自分としては課題が残りました。

  • 認知症の人の「思い」と支援実践──語りと現実との関係から問い直す臨床社会学」『N:ナラティヴとケア』第6号(野口裕二編)
  • 「「できること」の場を広げる 若年認知症と折り合いをつける実践の展開が示唆するもの」『現代思想 2015年3月号(特集 認知症新時代)』(青土社

 認知症の研究に関しては、今年も若年認知症の就労支援の活動から、より大きなプロジェクトに展開している事業に委員としてかかわらせてもらっているのですが、実践者としてのかかわり、調査者としてのかかわりをうまく整理できないまま一年が過ぎてしまいました。来年は、実践から生まれてきている課題を研究とうまくリンクさせると同時に、自分の中でも明確な枠組みをもってフィールドにかかわっていかねばと思います。具体的には、全国の色々な取り組みももっと知っていく必要もあるように思いますし、原点に立ち返って、家族介護者の経験や介護者家族会の活動の現在的な意義についても考えていく必要があるように思います。2016年の頭には、認知症の「当事者」に関する論文を執筆する予定もあります。

【2】東日本大震災の研究 2012年度から開始していた「震災等の被害にあった「社会的弱者」の生活再建のための公的支援の在り方の探究」が今年の頭に終了だったので、2月に報告会をして、それを踏まえた最終報告書を出しました。

  • いわき市仮設住宅入居者調査の自由回答分析―震災2年後の調査から」 東日本大震災後の生活状況・生活再建に関する研究―継続的な調査から(第44回 福祉社会学会研究会) 2015/02/28
  • いわき市内被災者生活状況調査」の自由回答分析―震災2年後の困難と悩みの考察 」『震災等の被害にあった「社会的弱者」の生活再建のための公的支援の在り方の研究(2012〜2014年度科学研究費補助金研究成果報告書) 』: 23-42 2015/03

 しかし、3年間釜石・大槌・山田、いわきを中心に通って聞き取り調査をしてきたデータに関して、まだまだ十分に分析できておらず、まだ終わっていません。研究グループでは本を出すことを予定しており、今年の夏には企画について話し合い、何とか来年、再来年には出せればと思っています。いわき市で行った二回目の調査票調査の結果の報告もしないとなりません。

【3】ヘモフィリア・薬害HIVに関する研究 やはり2012年からかかわっている患者・家族研究会の調査票調査の回収が終わって、速報版報告書を3月に出しました。私は、調査対象者であるヘモフィリア患者(HIV,HCV陽性者含む)の就労や職場において働き続けるためのスキルについて、自由記述データを中心に分析をしました。

  • 就労・働くこと ヘモフィリア患者のライフスキル調査報告書【速報版】(患者・家族調査研究委員会編) その他 共著 11-16 2015/03 伊藤美樹子


こちらも、調査自体は終わったものの、より詳細に分析していく作業が残っており、2016年に最終版の報告書を出す予定です。

【4】雑誌『支援』
 編集委員をやっている雑誌『支援』の刊行も重要な仕事です。2015年4月に出たvol.5は特集タイトルが「わけること、わけないこと」でした。私は、今回は、特集にはかかわらず、インタビュー記事、トークセッションの記事、コラムの三つにかかわりました。

  • 「転換点としての震災経験―木村高人さんに聞く」『支援』vol.5, 199-241 2015/04 木村高人、土屋葉、井口高志
  • 「「家族を語ること」を考える」『支援』vol.5, 144-145 2015/04
  • 「いのちをわけること、わけないこと、選ぶこと、選ばないこと」『支援』vol.5, 146-186 2015/04 大塚孝司、玉井真理子、堀田義太郎、井口高志、土屋葉

2016年に出る予定のvol.6はほぼ原稿が集まりつつあります。特集は「その後の5年」。私は、「支援の現場を訪ねて」のコーナーで二つの記事を書き、東日本大震災関連のインタビューにもかかわりました。その次のvol.7についても企画の頭だしが始まり、来年も雑誌は続いていきます。

【5】その他書いたものなど
 執筆自体は2013年末から2014年の頭に行っていたものですが、『現代家族ペディア』(弘文堂)という本に「ケアと家族」「普遍的ケア提供者モデル」「介護とジェンダー」「ケアをめぐる国際労働移動」「保育所政策」「子の看護休暇」「パパの月」「パパママ育休プラス」「イクメン」の項目を執筆しました。

 学内の学術情報センターのニューズレターに岸政彦『断片的なものの社会学』と筒井淳也『仕事と家族』の二冊をとりあげた書評を執筆しました。

 共同通信配信で、『認知症・行方不明者1万人の衝撃―失われた人生・家族の苦悩』(NHK認知症・行方不明者1万人」取材班、2015、幻冬舎)の書評を執筆しました。

 来年の3月に発刊となりますが、学内の社会学研究会の雑誌『奈良女子大学社会学論集』に「研究倫理実践の社会学・試論――認知症デイサービス調査における「同意」獲得過程から」を寄稿しました。これは2009年の福祉社会学会のテーマセッションで報告したものを加筆修正をして(ようやく)論文化したものです。この5年の間に研究倫理をめぐって書かれた何本もの論文を勉強できて、いい機会となりました。

【6】新しい研究
 まちづくり協働研究プロジェクトチーム(公益財団法人三菱財団「障害のある人から学ぶまちづくり協働研究―障害のあるリサーチャーおよび学生サポーターの育成」)主催でのリサーチプロジェクトを開始しました(チラシ(10.19) 参照)。調査の第一の目的は、たんぽぽの家が来春福祉ホームの併設でオープン予定の新しいコミュニティ・カフェ 有縁のすみか をどのようなカフェにしていったらよいのかアイディアを出すことです。このアイディアを出すために色々な場所で色々な人に調査をしていきます。第二の目的は、障害のある人もない人も一緒に調査を行うことを通じて、「一緒に」何かをする時の方法や工夫を考えていくことです。

 「「老成学」の基盤構築ー<媒介的共助>による持続可能社会をめざして」(森下直貴代表)に分担研究者として参加することになりました。哲学者、社会学者、医学、看護学などの共同研究です。

【7】学会のお仕事 福祉社会学会の研究委員と保健医療社会学会の編集委員の両方を勤める一年(来年も)になりました。研究委員の方では、来年の学会大会運営、シンポジウム企画など、編集委員の方では投稿論文支援企画や次々号の特集企画など、ネタが尽きそうで大変ですが、新しい分野を勉強する機会ともなるので、なるべく前向きに取り組んでいきたいと思います。


 全体としてみると、新しい場所や人と出会えてよい一年だったと思いますが、体を壊したこともあり、色々なことに手を出していることを反省し続けた一年でもありました。それぞれの研究課題は重要なのですが、十分に時間を割くことができず、研究チームのメンバーにも迷惑をかけていることも多いと思います。また、認知症研究に関しては、若手の研究者がどんどん凄い仕事をしてきていて、その後の展開をあまり示せていないことに焦りを覚えてもいます。
 来年も、好奇心はもちろん絶やさず、しかし、残された時間のことも考えて、自分にとって本質的な仕事に集中していければと思っています。ひとまずは年の頭に認知症の当事者に関する論考を書く予定があるので、そこで弾みをつけて、できれば次の著作の構想を固める年としたいです。

 最後に、今年、調査などで出会った方々、研究に対してアドバイスを下さった皆様。研究をする時間を作ってくださった方々、ありがとうございました。